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夏玉(二)

2012.04.30.Mon.00:00


鉄味のする温めの鉱泉に浸かり、一汗流して浴衣姿で部屋に戻ると、既に座卓の上に夕餉の皿が並べられていた。

女将が部屋を覗き、

「田舎料理なものでお口に合いますかどうか」

そう言いながら僕が頼んでいたビールを畳に置いて栓を抜くと、

「ごゆっくり」

慎ましやかに頭を下げて部屋を出て行った。

少し会話をしたかったが、下心がある様に思われてもいけないので引き止めなかった。

卓上には山菜と川魚を素材とした素朴な料理の皿が並んでいた。

一通り眺め廻した僕の視線が止まり、思わず頬が緩んだ。

一塊のイクラが漬物皿の隅に無造作に載せられ、薄透明の赤い粒を艶々と輝かせていたからだ。

早速冷えたビールを飲みながら、箸で数粒摘んで口に入れた。

薄い皮の弾力を楽しみながら一粒ずつ丁寧に噛み潰していくと、微かに潮の香りがする液体が口腔内に拡がり、僕は満足した。

僕は魚卵類が好きだ。

イクラ、数の子、たらこ、キャビア、そういった類いだ。

わけてもイクラは大好物だった。

しかし、子供の時分や貧乏学生の頃は食べたくとも中々機会が得られなかった。

渇望の時間が長かった反動だろうか、就職して自由に使える給金を得ると、僕は急激にイクラを食べるようになった。

好物を口に入れる事で仕事のストレスを解消していたのかも知れない。

職場の傍に安くて旨いイクラ丼を喰わせる食事処があったのも幸甚だった。

僕は毎日欠かさず通い、昼食にイクラ丼を注文した。

夜は夜で仕事帰りに駅前のスーパーでイクラのパックを購入し、一人暮らしのマンションの部屋でイクラをつまみにビールを飲み、イクラ茶漬けを作って晩飯代りにした。

休日は昼頃起きてコンビニのたらこお握りを喰い、晩は回転寿司に行くとイクラと数の子の握りを腹に入れた。

そんな生活を半年続けた後、銀行の定期健康診断があり、結果が悪かった僕は医師に呼び出された。

「貴方は魚卵類の食べ過ぎです。 悪性コレステロール値が異常に高い」

医師の表情は穏やかだったが、口から出る言葉は辛辣だった。

「食べたければ食べても結構。 貴方の人生ですから。 しかし、今の食生活を続けたら、必ず体を壊しますよ?」

話を聞いたtomokoは大変心配した。

僕も反省し、魚卵類の摂取を減らそうとしたが、こうして膳に出されると嬉しくて残さず食べてしまう。



**********

岩魚の塩焼きもウドの酢味噌和えも旨かった。

タラの芽の天麩羅も蕨のお浸しも新鮮だった。

僕は料理を綺麗に平らげ満腹になった。

腹ごなしにもう一度風呂に向かい、静謐の岩風呂に十分手足を伸ばしてから部屋に戻ると、膳が下げられ布団が敷かれていた。

糊の効いたシーツの上にごろりと横になりtomokoにメールを送ろうとしたが圏外で通じない。

天井から吊るされた旧式の行灯型蛍光灯を眺めながらtomokoのことを考えた。

初めて見掛けたのは五年前、彼女の母校で起きた殺人事件に巻き込まれて呼ばれた警察の待合室で、彼女はまだ白いセーラー服姿の少女だった。

彼女はその場に僕が居たことを覚えていない。

そして僕は、初めて見た時からずっと彼女のことが好きだった事は口にしていない。

そんな事を考えながら、雨水が滲みた部分が不規則に黒ずんでいる天井板の所々にある亀裂を眺めているうちに、鉱泉で芯まで温まった身体はビールの酔いと運転の疲労に包まれ、いつしか僕の目蓋は閉じていた。

その晩は夢も見ない程、深い眠りだった。

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コメント
No title
LandM創作所様

わざわざ足を運んで下さった上にコメまで頂戴できるとは光栄です。
グッゲンハイムは緻密な世界観と個性的なキャラ設定を美しいイラストが盛り上げていますよねー。

私も好きな本多孝好さんの「FINE DAYS」で一番いい味出していたのはダックスフントではないかと思う私(笑)で良ければ、また遊びに来て下さい。
No title
う~~む。
美味しさが凄く伝わってくる文章です。
素晴らしいです。
その反面、それらは結構痛風とかコレステロールとか貯め易いですよね。。。私も一回だけ検査で引っかかったことがありますね。

初めましてです。
場末でファンタジー小説を描いているLandMです。
よろしくお願いします。

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