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18.事件の真相(2)

2012.05.08.Tue.00:00
「ブルマーという名称は、アメリカのブルマー夫人(Amelia Jenks Bloomer, 1818-1894)に由来します」

大好きな大吟醸酒を一口飲んで、気持ちが落ち着いたのでしょう。 冬彦さんがお話を始めました。

私はいつものように、大人しく耳を傾けました。 美咲さんも黙っていましたが、それは口一杯にお刺身を詰め込んでいるからのようでした。

「ブルマー夫人は、コルセットをつけて抑圧されていた女性を解放するために、ゆったりしたズボンのようなものを提唱したのです。
当初は普及しませんでしたが、1880年代になって女生徒の体操服として採用されました。
このとき、パンタロンのようだったブルマーの上着として採用されたのは、何とセーラー服だったのです。
セーラー服は当初、体操着だったのですね。

日本における女子の体操服は、1903年、アメリカ留学から帰ったある女性がセーラー服とパンタロン型ブルマーを提唱しましたが、当初はあまり普及しませんでした。

戦後ようやく、ちょうちん型ブルマーが普及し、1950年代はちょうちん型、1950年代後半から1960年代にかけてショートパンツ型を経由してゆるめの布地ブルマーに移行。
ゆるめの布地ブルマーは1960年代にぴったり布地型に変わりました。

ここまでは布地でしたが、科学技術の発達、すなわち化学繊維とニット素材の発達により、ブルマーは臀部にぴったりフィットしたショーツ型(化繊ぴったり型)へと進化しました。いわば、これが最終進化形です。

他方、義務教育の現場において体操服が指定されるようになったのもこの頃からで、小学校・中学校・高校・大学で、このようなショーツ型のブルマーが体操着やユニフォームとして採用されました。

化繊ぴったり型ブルマーは極めて機能的かつ軽量で、どんな動きに対しても体に密着しており、この性能からオリンピックや国際競技の場で公式に使用されました。
1964年、東京オリンピックで外国人選手が化繊ぴったり型ブルマーで活躍したこともあって、1970年代以降、機能性に優れる化繊ぴったり型が一気に普及し、2000年代にブルマーが消滅するまで、いわゆるブルマーといえばこの『化繊ぴったり型ブルマー』を指したのです」

dameko1
Copyright (c)ダメ子の鬱

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コメント
No title
ダメ子様

いやいや本当の薀蓄とは、某氏の「趣●堂茶●奇譚」のようなやつだと思います。

それよりウツ子様のサービスに感謝(=´ー`)ノ
チアの衣装持ってたんだ。。
No title
和平明憲様

いつもありがとうございます♪

トンデモ話ですが呆れずによろしくお願い致します。

金田鈍磨様のご指示のとおりにしておりますので、不都合ありましたらご連絡くださいね?
No title
ブルマの薀蓄についてこんなに語りだして
冬彦さん引かれないかちょっと心配
ブルマの歴史
いつも楽しみにおジャマしています。

ブルマにも色々な歴史があるのですね。w(°o°)w

因みに、『Ctrl』キーを押しながらポチッとすると、画面は変わらずに、別に画面を開いた状態になります。
IE9だと、上の方に新しいタブが増えて、そのタブをクリックしてランキングの画面が表示されていれば成功です。

これからも楽しみにしています。

ではでは!

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